調査報告書
杉浦 孝蔵
平成31年度(令和元年度)の調査、研究は、昨年同様関東地方を予定していたが、日程その他の事情で実施することが出来なかった。従って、本年度は過去の調査研究報告書の取りまとめ紹介で代替したい。
当財団は、設立当初から、推薦者の申請に基づき、審査委員会の審査に基づき調査研究費を交付してきた。その額は、約20,400,000円になる。
交付額受領者は、調査、研究の成果を取りまとめ刊行物として当財団に提出しているが、その後年数も経ち、現在財団が保管している報告書刊行物は少ない。このため、今後、この方面に興味のある方のご参考になれば幸いと考え、これら調査、研究報告書の主旨、目次を抜粋して本年度調査報告書に代えたい。尚、はしがき、目次等は原文のままである。
A 「林業の企業性」 槇 重博
はしがき
森林科学調査会から私に与えられた題目は、あまり目慣れないものであるが私なりに理解してまとめてみた。
林業がいかに有利な事業であるかは、木原崇雲翁が身を以って示しておられる。本書は、その科学的証明を与えたことになる。近代会計学の基礎の上に、国有林の損益計算を複式簿記によって完成したのはわが国だけで、世界に誇ることのできる事実である。それは、永い歳月と多くの費用をかけて成就した無形の資産で、その利益は国民全体が享受すべきものである。
近代社会の発展の礎となった複式簿記の技術は、営利的であると非営利的であるとを問わず、すべての仕事に使われるべきものであるから、国有林でやっている簡易なやり方を、誰にでもすぐ使えるように解説した。それは、林業の会計に限ったものではないから、どんぶり勘定をしているすべての事業者がこれによって経営の合理化に役立てていただきたい。
林業の損益計算は、特別のものではない。商法の基礎原則である資本維持の原則による計算であるから、森林面積の広狭、森林蓄積の状態の整・不整にかかわらず適用できる。実際に民有林に適用してみると容易で具合がよいので、やり方を詳しく書いておいた。良い会計は、事業発展の原動力である。わが国の林業が、会計学の科学的基礎の上に健全な発達をすることをこい願うものである。
昭和四十六年三月
目次
第一章 林業
一 林業の概念
二 林業に対する考え方の変遷
三 林業の損益計算ができるか
第二章 林業の特質
一 木の性質
一)植物としての性質
(1)木は自然の恵みによる生物である
(2)木は一ヵ所に一本しか生立しない
(3)木の生育は不均一である
(4)木の成熟期には幅がある
(5)木の育成には自然環境を破壊しないことが肝要である
二)経済財としての性質
(1)木は供給が需要を決定する
(2)地利が木の価値を決定する
(3)木は供給過剰の不利を避けることができる
(4)林木は本質的には涸渇資産である
(5)林木の価額は木の搬出費に支配される
二 林業の特質
一)林地の皆伐をしてはいけない
二)林業の収益は生長価である
三)生長量は施業の改良で増加する
四)生長量を越える伐採は資本の蚕食である
五)林木は伐採によって収益が実現する
第三章 林業の損益計算法
一 資本維持の原則
二 企業会計
一)企業会計の簿記(複式簿記)
二)企業会計の損益計算法
三 林業の企業会計による損益計算法
一)間断経営の林業の損益計算法
二)保続経営の林業の損益計算法
第四章 林業の損益
一 間断経営の林業の損益
一)間断経営の林業の損益に関する理論
二)民有林の間断経営の林業の損益
三)官行造林の損益
二 保続経営の林業の損益
一)保続経営の林業の損益に関する理論
二)民有林の保続経営の林業の損益
三)国有林の損益
第五章 林業の企業性
一 林業は収益性の高い有利な事業である
一)物の経済
二)致富の業
三)有利なことの科学的証明
四)林業を不利とする議論の検討
(1)林業の長期性の問題
(2)造林の福利計算の問題
(3)国有林の赤字の問題
五)木材需要の将来
二 林業では企業性と公益性が一致する
一)林業の企業性
二)森林の公益的効用
三)企業性と公益性の一致
(1)国土政策的にみた場合
(2)経済政策的にみた場合
B 「森林の公益的効用に関する研究業績目録(日本における研究)」
近嵐弘栄
森林の公益的効用について
この資料は森林のもつ公益的効用についてのわが国における、明治時代以降の研究業績の目録である。
我が国におけるこの方面の研究は、主として、国立林業試験場、国立大学林学科、林野庁、各営林局、各都道府県等の行政機関とその試験研究部門等で行われてきており、その結果は、各機関で発行する研究、業績報告あるいは各学会の機関誌等に掲載されている。それらの研究業績は極めて数が多く、その全てにわたって収録することは困難であるので、ここではその主だったものをとりあげてみた。
この種の資料としては、すでに、国立林業試験場では、防災部門の研究を中心とした、「防災関係研究業績目録」(1966年)が発刊されており、各研究機関を総合したものとしては、日本学術会議による「日本農学進歩年報」があり、1952年以来の業績目録を掲げている。
その他 治山治水部門については、「森林の治山、治水機能に関する研究抄録」が林野庁から1952年に発刊されている。これらの各資料をはじめとして各研究機関等の資料を整理し、体系的にまとめたものがこの資料である。
森林の公益的効用の研究には、藩政時代から、明治、大正、昭和にかけて、各時代における政治、社会状勢を背景として、とられた林野政策を反映した、長い歴史があり、その重点も時代とともに変遷してきている。
従って、研究業績には、その歴史的な経過と意義づけの説明が必要であると考えられる。
この資料で、森林の公益的効用の種類として、とりあげたものは、現在、森林法25条で保安林の指定の目的として、とりあげられている、17種の効用に、おおむね法っている。
この外にも、分類方法は、いろいろとあると思われるが、現在の林野政策の体系との結びつきから、最も理解し易いものと思われるので、この分類によることにした。
なお、この資料は、これで充分なものではなく、今後、追補等によりよいものに近づけたい。
昭和46年6月
目次
1.水源のかん養
@森林と降水
森林による降雨の遮断、森林の増雨作用等
A林地の蒸発と林木の蒸散
植物による蒸散と地表からの蒸発の抑止
B林地の保水
落葉、落枝および林地土壌による保水
C地表流下と滲透、透水
地面被覆物による地表流下量の減少と林地土壌の形成による滲透性、透水能の増加
D森林と流出量
森林の流出量調節
2.土砂の扞止
@森林の地表侵蝕防止
A森林の山崩防止
B森林の土砂流出防止
3. 飛砂防止
4. 防風
森林の風害防止
5. 水害防備
森林の洪水による流出土砂の濾過等
6. 防潮
森林の潮害防止
7. 雪害防備
森林の吹雪防止等
8. 防霧
森林の霧害防止
9. なだれ防止
10.落石防止
11.防火
12.魚つき
13.公衆の保健
@森林の気象緩和
A森林の大気浄化
B森林の防音
14.森林の公益的効用についての研究を集録している主要機関紙
C 「森林の近代的公益的効用」 武藤博忠
はしがき
昭和四十五年の春から夏にかけて公害問題が堰を切ったように叫ばれだし自然、環境の保全が世論となってきた。アメリカでも前年からほぼ時を同じくしてニクソン大統領を先登に公害防止に強力に乗り出した。当然、文明国では森林を保全してその効用に期待する気運が世界的に高まってきた。
森林の公益的効用は古来、水源かん養、自然災害防止機能を主として高く評価されるようになってきたのであるが、近代公害に対応して人間社会に及ぼす森林の様々の影響が再評価されるようになってきたのである。これらの機能を「森林の近代的公益的効用」として把握してこれを人類文明の盛衰と関係づけるべく試みたのが本書である。
筆者には断片的な論文、随筆はあるが、これらを単行本にまとめる気力がなく、従来著書と称すべきものはない。この拙稿が本としての形をとったのは、偏に、年来の畏友であり、森林科学調査会の同人である松尾兎洋氏の友情と尽力によるものであることを特筆して衷心より感謝する次第である。
昭和四十七年八月
目次
第一章 総論
T 森林の公益的効用の時代的推移
U 社会福祉と社会費用
V 公益効果の計量化と受益者負担の問題
W 保安林の種類と森林の多目的効用性
X 生態圏の破壊と森林
第二章 各論
T 森林と文明の盛衰
1. 黄河の場合
2. チグリス・ユーフラテス川の場合
3. ナイル川の場合
4. アスワン・ダムについて
U 森林の光合成機能による酸素の供給
V 森林の大気清浄化機能
W 森林の防音的効果
X 森林の心理的効用と森林への欲求傾向
1. 花と森林、保健休養とレクリエーション
2. 産業革命と森林の破壊
3. 森林の固有効果と原因効果
4. 大都市住民の森林に対する意識
5. 大都市の環境改善
6. 大都市繁栄の限界
第三章 補講
T 大都市住民の森林に対する評価
1. 森林の古来の公益的機能
2. 森林の近代的公益機能
3. 大都市における森林造成を阻むもの
U 都市林、都市近郊林の現況
1. 都市計画法と森林緑地
2. 市街化区域
3. 市街化調整区域
V 都市環境保全林と保健休養林
D 「スギ・ヒノキ林における競合植物の化学調節と造林作業体系の研究」
杉浦孝蔵
諸言
自然状態の下において、ある植物が優勢種として存在する植物社会の成立は、その土地に種子、地下茎および胞子などの植物体の一部が移住、土着して生長しながら他の植物との生存競争に勝つことによって成立したものである。
これを林業におきかえてみると、高木で構成される経済価値の高い植物社会の造成は、地ごしらえ、植付けなどの造林作業あるいは予備伐、下種伐などの天然更新作業によって容易になる。さらに施肥、下刈、つる切り、除間伐などのいろいろな林業作業が介在して種間および種内の競争を人為的に緩和排除して、経済的生産力の高い植物社会の成立を導いている。
著者は林業作業を更新や保育などの造林作業と間伐および主伐に伴う収穫作業の2つに大別した。これらの諸作業が経営の目的に沿って合理的に実施されているならば、健全な林業の造成や経営の合理化が期待できると考える。しかし現実には必ずしも合理的に実施されているとはいえない場合も多分に見られる。造林作業の中でもっとも労働力の投入量(約50%)の多い下刈作業もその1つである。
下刈作業の目的は造林木を競合植物から保護することである。すなわち、造林木と競合植物の地上部における競合(光を主とした関係)地下部における競合(水分・養分関係)を排除して造林木の生長を促進することである。この点から現行の下刈作業を検討すると、大方の下刈作業は競合植物と造林木が競合しあってから競合植物を物理的に排除する一時的な応急処置の作業であって不完全であるといえる。
わが国における下刈作業を必要とする造林面積は約250万haあるが、林業就業者数は年々減少し、昭和47年が18万人となった。しかも労働力は質的に高齢化する一方である。労働力の不足から作業日数が長期にわたれば、下刈適期に材木の生育に合致した作業は行えず不完全な保育作業となる恐れが十分に考えられる。
造林初期の下刈作業が不完全になれば健全な森林の成立は不可能になり、木材資源の不足と同時に森林としての諸機能が減少し、不成績造林地が増加することになる。
造林地における競合植物の排除方法を大別すると、1)生物的方法、2)物理的方法、3)化学的方法が考えられる。
生物的方法は造林地の競合植物を積極的に排除してその後に非競合植物を導入し造林木を保護し育成させる方法である。本法に該当する具体的なものとして、すでに木場作や草生造林法などが地域によって実施されたが、木場作は労働力の不足から、草生造林法は競合植物から非競合植物(導入植物)を保護し生育を維持することが困難であり、また、一般に非競合植物は耐陰性が小さいために、生育が衰えたり、枯死などで、生育期間が短い。耐陰性が強く、草高も低くしかも繁殖の容易な植物は現実にはみあたらないので実施が困難である。
物理的方法は競合植物が生育し、造林木との競合が開始されてから物理的に取り除く現行の下刈鎌や下刈機による方法である。この方法は時期的にも夏期の炎天下における作業である。急傾斜地で刃物のついたものを、しかも相当な重量のある下刈鎌(1.5kg)や下刈機(12kg)を使用するために労働者に対する危険性がある。このような状態にあるから女性労働力の導入は困難となり労働者の質的要素も自ら限定されてくる。
これに対して、化学的方法(化学調整)は造林木と競合植物の生理生態を考慮したうえに化学薬品を用いて両者の競合前に競合植物の生育を抑制、また、枯殺する方法である。時期的には競合植物の生育休眠期から生育初期にかけて実施するものであるから、炎天下の作業がさけられ、さらに通年作業が実施できる。また、化学調節法による処理作業は物理的方法に比較して軽作業であるから、女性労働も可能である。
以上3方法を造林木と競合植物の生理生態ならびに最近の林業労働力の減少、林業労働者の健康管理、林業経営の合理化など総合的な面から検討し、著者は化学調節の可能性が十分考えられ、さらにより安全な薬剤の導入による造林作業の体系化を目指して、1958年からスギ、ヒノキ造林地における競合植物の化学調節に関する研究を行ってきた。
競合植物の化学調節剤は約50種ほど開発され、各地で試験研究が行われてきたが、農薬の毒性別分類による劇物、普通物および魚毒性のA、Bに属する農薬で人畜に対する安全性が高く実際に造林地に利用されているものはごくわずかである。本研究ではこれらの中から造林作業体系に応じて選択し(表1)1〜13)調整効果を実験研究した。本供試剤の中に夾雑物として存在するダイオキシン化合物の催奇性などについて疑問があるので、1971年4月6日付の林野庁官通達により使用中止となった2,4,5-Tも含まれている。
化学調節剤は植物毒であるから元来、人畜に対する急性毒性の高いものは少ない14)。しかし、エネルギー代謝阻害、蛋白質合成阻害などの生物共通の性質を利用している調節材には人畜魚類に対し影響するものもある。これに対し光合成反応阻害やオーキシン作用に関与するものは植物特有の性質を逆用しているから人畜に対する影響は小さい14,15)。
したがって、今後は急性毒性のような直接的な害と土壌残留や代謝産物として食品、飲料水に残留する慢性毒性などの無毒化薬剤の開発、さらに農薬残留許容量、安全使用基準のための法的規制の確立など、また一方、施用にあっては自然環境破壊につながるような競合植物の生態を無視した画一的な大面積散布はとりやめ、また他の防除手段との併用や施用のローテーションについても検討する必要がある。
実験調査研究はまず、スギ、ヒノキ造林地における競合植物をとりあげ、競合植生のパターンを解明することでより効果的な化学調節の実験方法を考える。この場合、薬剤の反応は立地条件によって異なるので、立地条件をとりあげ、とくに土壌水分と化学調節および土壌における薬剤の垂直的動きと水平的動きならびに薬量、時期および散布などの処理方法について検討する。さらに造林地は立地的に多様性を示しているから、これらに基づいて、圃場および各地の造林地において多数の実験を行った。また造林木に対する化学調節剤の影響を調べ化学調節剤を伴う造林作業の体系を示そうとした。
本研究をすすめるにあたり東京農業大学教授芝本武夫博士ならびに東京農工大学教授川名明博士には始終ご懇篤なるご指導を賜った。また、東京農業大学教授向秀夫博士、同林弥栄博士、同嶺一三博士、東京農工大学助教授相場芳憲博士には絶大なるご援助を賜り、実行にあたっては松永栄夫、杉本文三、石田精一、田中昭三、香取実、小邦徹、山崎豈、田村紘太郎、福場秋一、藤谷数一、新井雅夫、生原喜久雄、青木俊徳、栗田伸一、甚沢万之助、新谷一幸、高橋幸民、鈴木茂男、川添隆也、大宮健吉、遠藤厚寛の各氏にはいろいろとご協力いただいた。また、東京農工大学演習林、同大学波丘地研究所、財団法人木原営林大和事業財団、木原造林KK、天城営林署、日産化学工業KK、石原産業KK、石灰窒素工業会、KK鉄興社、電気化学工業KK、三井東圧KK、吉富製薬KKにはいろいろな面でご援助をいただいた。ここに記して深く感謝の意を表するしだいである。
目次
T. スギ、ヒノキ造林地の競合植物に対する化学調節
1.スギ、ヒノキ造林地の林床植物と競合植物
1. スギ、ヒノキ造林地の林床植物
1)スギ造林地の林床植物
2)ヒノキ造林地の林床植物
2. スギ、ヒノキ造林地の競合植物
1)スギ造林地の競合植物
2)ヒノキ造林地の競合植物
3)スギ、ヒノキ造林地における競合植生のパターン
3. まとめ
2.土壌条件と化学調節効果の検討
1. 土壌水分と化学調節
1)土壌水分を異にした場合の調節効果
2)調節効果に及ぼす土壌水分と薬量
2. 土壌における薬剤の働き
1)DPAの垂直的働き
2)DPA、塩素酸ソーダの水平的動き
3)まとめ
3.処理薬量、時期と化学調節効果の検討
1. 処理薬量と化学調節効果
1)ススキ、低木型競合植生に対する実験
2)ススキに対する実験
2. 処理時期と化学調節効果
1)K31Fに対する実験
2)ススキに対する実験
3. まとめ
4.造林地における競合植物の化学調節法の検討
1. 地ごしらえ時における化学調節
1)林種転換地における実験
2)ヒノキ造林地の伐採跡地および壮齢林の先行地ごしらえ実験
2. 植付後における化学調節
1)スギ造林地における化学調節
2)ヒノキ造林地における化学調節
3. クズに対する実験
1)数種薬剤によるクズの化学調節
4. まとめ
U.樹種整理に対する科学調節効果の検討
1. 2,4-D+2,4,5-Tによる立木処理
1. コナラ他34樹種に対する基部処理
2. 2,4,5-Tによる立木処理
1. 基部処理とフリル処理効果の検討
2. 処理時期と調節効果の検討
3. MDBAによる立木処理
1. フリル処理と三木の腐朽
4. まとめ
V. 造林木に対する化学調節剤の影響
1. スギおよびヒノキ立木に対する2,4,5-T+2,4-Dの影響
2. スギ苗木に対するDPA、塩素酸ソーダ、スル酸・硫安複塩
+2,4,5−Dおよび2,4,5-T+2,4-Dの影響
1. 化学調節剤を苗木に触れないように散布した実験
2. 化学調節剤を苗木に直接散布した実験
3. まとめ
W. 化学調節を伴う造林作業体系
X. 総括
E 「キハダ・オウバク―主要な文献・資料の抄録集―」
小野陽太郎
桧垣宮都
まえがき
キハダの内皮を乾燥したものをオウバク(黄蘗・黄柏)と称する。このオウバクは日本薬局方に収載されている生薬で、その主成分のベルべリンは、強い抗菌性をもち胃腸病に特効を示すきわめて重要な薬品である。
そのため、古くから民間薬として用いられてきており、その著名なものに奈良県吉野地方の陀羅尼助(ダラニスケ)、山陰地方の煉熊(ネリクマ)、信州地方の百草などがある。
これらはいずれもオウバクの水製エキスを主剤としたもので、今もなお広く愛用されている。
近年においては、スモン病の原因とみられるキノホルムが使用禁止になったことから、これに代わる健胃整腸薬としてのベルべリンが高く評価されてきて、その原料となるオウバクの需要が著しく増大してきた。こうした情勢下におけるオウバク需給の現況は、消費量の約40%程度が国内生産で、不足分は海外よりの輸入にまって辛じて製薬を賄う実情におかれている。
しかも国内生産量のほとんどは、天然生木よりの採取に頼っているだけに、逐年の減産が懸念されるようになってきた。
かかる医療資源の欠乏にそなえ、キハダ増植の気運が漸く高まってきたが、計画的植栽をみるようになったのは、昭和40年前後から厚生省の薬学関係の研究機関が、専らその普及指導に当られてからのことである。
それ以来、全国各地にかなりのキハダが植栽されてきたが、いまだ収穫するにいたらないものが多く、加えてその後の植栽が遅々として進まないため、今日なおオウバクの増産を果たす域に達していない。
およそ、オウバクの収穫を目標として収益性の高いキハダ林を造成する場合には、粗放な取扱いの観念を切り替え、キハダのもつ特性に適応する育成技術が必要になってくる。
しかるに従来キハダの植栽に関する基礎的研究が極めて少なかったために、適切な指導書も得にくく,実施にあたり幾多の困惑を伴うことが少なくない。
それら未解決の諸問題については、今後の研究にまたなければならないが、当面するキハダ・オウバクについての認識を高める要望に対し、現在までに明らかにされている知識と技術を一括集録することは、意義深いものと信じ本書をとりまとめたしだいである。
編さんに当たっては、諸学者の研究成果や実務者の体験技術の記録から抜粋して引用させていただいたもので、もしもその表現に誤があるとすればすべて筆者の責任である。
目次
その1 キハダ
T 植物学的記載
1 日本におけるPhellodendronの地理的分析〔安部・山縣・高城〕
2 東亜キハダ属(Phellodendron)〔小泉〕
3−1 キハダ(Phellodendron amurense Rupr.)〔林〕
3−2 キハダ〔岡部・山縣・高城〕
4−1 ヒロハノキハダ(Phellodendron sachalinense Sarg.)
〔宮部・工藤・須崎〕
4−2 ヒロハノキハダ〔岡部・山縣・高城〕
5−1 オウバノキハダ(Phellodendron japonicum Max.)〔上原〕
5−2 ニッコウキハダ(Phellodendron Nikkomontanum Mak.)
〔岡部・山縣・高城〕
6−1 ミヤマキハダ(Phellodendron Lavallei Dode)〔上原〕
6−2 ミヤマキハダ〔岡部・山縣・高城〕
7 タイワンキハダ(Phellodendron Wilsonii Hayata et Kanehira)
〔金平〕
8 タケシマキハダ(Phellodendron insulare Nakai)
〔朝鮮植物研究会〕
9 ビロウドキハダ(Phellodendron mole Nakai)
〔朝鮮植物研究会〕
10 黄皮樹 (Phellodendron chinense Schneid)〔河本〕
11 Phellodendron macrophyllum Dode〔小泉〕
12 Phellodendron Fargesii Dode〔小泉〕
13 キハダの根系〔苅住〕
14 その他の文献
U 育苗
1 キハダの播種育苗〔厚生省薬務局審査課〕
2 緑化樹の育苗技術体系化に関する研究(U)
キハダのさし木養苗試験〔里見〕
3 キハダの育苗について〔川村〕
4 その他の文献・資料
V 植栽・生育
1 キハダの植栽〔厚生省薬務局審査課〕
2 キハダの造林〔瀬川〕
3 キハダの生育〔東京都薬用植物園〕
4 岩泉地方におけるキハダ人工林の成長と樹皮生産量
〔外館・八重樫〕
5 列状植栽したキハダの生育〔八重樫〕
6 鳥取県日南町のキハダ林〔小野〕
7 新潟県下における天然生キハダの生育〔小野〕
8 キハダの生育過程をみての一考察〔小野〕
9 その他の文献・資料
W病害
1 稚苗立枯病〔伊藤〕
2 紫紋羽病〔伊藤〕
3 煤病(すすびょう)〔千葉〕
4 さび病〔伊藤〕
5 長野県木曽谷に発生したアカマツ葉さび病〔浜〕
6 その他の文献・資料
X収穫
1 樹皮の収穫と調整〔厚生省薬務局審査課〕
2 薬皮(オウバク)の収穫とキハダ林造成の経済性
〔長野県林業指導所〕
3 キハダの生育とオウバクの収量〔小野〕
4 その他の資料
その2 オウバク
T オウバク(黄柏・黄蘗)
1 オウバクPhellodendri Cortex〔刈米〕
2 その他の文献
U ベルべリンの定量
1 野生キハダのベルべリン定量試験〔東京都薬用植物園〕
2 オウバクの簡易検査法について〔東京都薬用植物園〕
3 キハダの栽培に関する研究(第2報)
各部位別樹皮より塩化ベルべリンの製造試験成績について
〔堀越・田辺・武良・大谷・富永〕
4 黄柏ステロール(第2報)
7-Dehydrostigmasterolの単離〔西岡〕
5 ミカン科植物アルカロイド研究(第5報)
ヒロハノキハダ(Phellodenron amurense Rupr. var.
sachalinense Fr. Schm)のアルカロイド その1〔富田・国友〕
6 ミカン科植物アルカロイド研究(第10報)
Phellodenron amurense Rupr.のアルカロイド その5
dl-Phellodendrineの異性体の合成〔富田・国友〕
7 ミカン科植物のアルカロイド研究(第11報)
キハダ(Phellodenron amurense Rupr.)のアルカロイド
その6 Candicine 単離〔富田・国友〕
8 その他の文献
V ベルべリンの含量
1 生薬の規格設定に関する研究(第2報)
生薬の生産条件と成分について その1 オウバクの生産条件
とベルべリンの含有量について〔木村・小泉・明厳〕
2 生薬の品質評価に関する研究(U)オウバク(黄柏)中のベル
べリン含量と灰分の通年変化について
〔渡辺・上原・西川・伊吹・小林・田中〕
3 キハダのベルべリン含量〔東京都薬用植物園〕
4 キハダの栽培に関する研究(第1報)
特にキハダ(Phellodenron amurense)と交雑種P.amurense×
P.japonicum樹皮の部位別、性別ベルべリン含量について
〔堀越・田辺・武良・富永〕
W ベルべリンの薬理
1 ベルべリンの薬理作用〔長谷川〕
2 その他の文献
X オウバクの用途
1 医療品としての利用
(1)民間薬〔長谷川〕
(2)漢方薬〔薬業時報社〕
(3)日本薬局方に収載されている薬品〔日本公定書協会〕
2 食品としての利用〔長谷川〕
3 染料としての利用〔長谷川〕
4 その他の資料
Y オウバクの需給〔小野〕
附 オウバクおよびオウバク末の市場価
図・表・写真説明
F 「京葉臨海埋立地における林帯造成に関する研究」 青沼和夫
要旨:本論文では、浚渫により造成された京葉臨海埋立地において、樹木の生育阻害要因の調査と、生育環境改善を基にし、樹木の活着とその維持に関して考察をおこない、林帯造成の技術体系を検討した。
このなかで、埋立地における樹木の植栽環境は、土壌改善を中心に進めることが最も適切であると考えた。土壌の改善目標は、この埋立地の80%を超える砂質土では、自然における植生の遷移の発達過程とその理化学性が並行して変化するので、砂質土に生立する高木林地の理化学性に、また、植栽のために一般におこなわれる黒色土の客土では、スギの地位指数の高いスギ林地の理化学性においた。活着した樹木や造成時に播種された草本の根などの増加と、林冠のうっ閉とが、造成当初に改善できなかった林帯の土壌環境を経年的に改善する。林帯の維持に関しては植栽木の活着を確実にすることと、造成目標とする構成樹種および生育環境改善を目的として選定した樹種とを配植することで、林帯の生育にともない、自然に生育環境が安定し、さらに林帯自体に外圧に対する抵抗力が備わるようになることなどを明らかにした。
以上を参考とした技術体系により、造成した試植林は、15年経過して、順調な生育をみているので、京葉臨海埋立地に林帯を経済的に、短期間に造成するという一手法が実証できたものと結論した。
目次
諸言
第T章 臨界埋立地における樹木の生育環境
1.臨海埋立地の土壌
1)埋立土壌の土壌断面形態と土性
2)埋立後における砂質土の理学性の経年変化
2.大気汚染、潮風および降水量が樹木の生育に与える影響
1)枯損率
2)樹高生長
3)生重量(生長)
第U章 埋立地砂質土の改良目標―自然土壌との対比―
1.埋立地砂質土の改良土の理化学性
1)一宮海岸における調査例
2)岬町太東岬南海岸の調査例
3)御宿北部の砂質土の調査例
2.砂質土の土壌改良目標に関する考察
第V章 客土の土壌改良目標―林地土壌との対比―
1.北総台地におけるサンブスギ壮齢林内の土壌の理化学的性質
2.客土された黒色土の理学性
1)袖ヶ浦町長浦埋立地の調査例
2)市原市千種海岸埋立地の調査例
3.客土の土壌改良
第W章 土壌の水分動態と乾燥防止処理
1.耕転による黒色土の水分動態
2.ススキの吸水と黒色土の水分動態
3.稲わらとバーク堆肥のマルチ効果
第X章 樹木植栽に係わる2、3の生育環境改善方法
1.夏季の乾燥防止のためにおこなわれる灌水が樹木の生育と土壌に与える影響
1)砂質土の乾燥と樹木の生育
2)砂質土に植栽された樹木の活着と一時的灌水の効果
3)継続的な灌水が土壌の理化学性に与える影響
2.植栽時における土壌処理
1)客土した黒色土の耕転深度と林木の生育
2)砂質土における肥料および堆肥の効果
3.粘質土の乾燥放置による土壌改良
第Y章 造成された林帯の生育と土壌の変化
1.黒色土の客土に造成した林帯の生育と土壌の理学性の10年間の変化
1)調査地の設定
2)調査項目
3)結果と考察
2.砂質土に造成した林帯の5年間の生育と土壌の理化学性の変化
1)試験林の造成
2)調査項目
3)結果と考察
第Z章 造成林帯の生態と管理に関する考察
まとめ